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 一哉 インタビュー

國分 一哉

こくぶ・かずや

1962年生まれ。神奈川県出身、横浜国立大学教育学部体育専攻卒業、学生時代はアメリカンフットボールに没頭。1985年茅ヶ崎市立鶴嶺小学校で教員人生をスタート。子どもたちに算数を好きになってほしいとの思いから、楽しい算数を追求。2006湘南教職員組合執行委員2007~08年湘南教職員組合書記長、09~10年同教組執行委員長。2015年松浪小学校教頭、2017年松浪小学校校長、2018~22年、香川小学校長を務め、23年3月末退職。現在は湘南教育会館理事長。

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通知表を廃止した神奈川県茅ケ崎市立香川小学校の國分一哉前校長

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通知表を使わないことにした経過と理由を教えてください。

私は2018年に香川小学校校長になりました。2020年度からの学習指導要領改訂を前に、教員で話し合いをしました。
学習指導要領は4観点での評価(「関心・意欲・態度」「思考・判断・表現」「技能」「知識・理解」)から3観点での評価(「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」)へと変更されます。それにどう対応するかを話し合ううちに、「作成に時間がかかるわりに子どもたちの成長につながらない」「子どもたちが通知表を良くするための勉強になっている」など、通知表への疑問の声が出ました。香川小では、教科の成績などを「十分達成している」「おおむね達成している」「努力が必要である」の3段階で評価していました。学習指導要領に沿って評価すると、どうしても「おおむね達成している」の評価が多くなり、子どもたちからは「どうせ自分は凡人だから」という声が出てきます。子どもたちの自己肯定感を高めたい、子どもが努力していることが親に伝わるような形はないかと考えました。
その中で、ある教員から「通知表をなしにすることはできないか」との提案がありました。私は「なしもありだよね」と答えました。通知表をなくするならこんなことができる、通知表がありならこう変えるという話し合いを重ねるうち、通知表をなしにしようという雰囲気になり、2020年2月、なしでやっていこうとの結論が得られました。話し合いは職員会議や他の時間を使って、1年近くかかりました。通知表は法的に必ず作成しなければならないものではなく、私立学校では通知表のない学校もあります。市教育委員会からは「学校の判断で決めることです。保護者から文句を言われないようにしてください」と言われました。
ちょうど、新型コロナ禍になった時期で、保護者向け説明会は開催することができず、学校だよりで通知表の廃止を伝えました。保護者からは「新型コロナのどさくさにまぎれて、校長が変なことを決めた」といった声もありました。最初は通知表の代わりに、子どもたちが自己評価したものに教員がコメントするものを渡しましたが、通知表より作成もたいへんで、私たちが目指した子どもの自己肯定感向上に繋がりませんでした。「通知表の代わりになるものを作る」という発想はやめました。

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子どもたち、保護者の反応はいかがでしたか。

通知表をモチベーションにしていた子どもからは「どうして出さないの」と言われることがありましたが、通知表のために勉強するのではなく、伸び伸びできるようになったと感じます。2021年度の保護者アンケートでは、通知表廃止について4割が賛成、6割が反対という結果でした。「子どもの得意、不得意教科が分からなくなった」「競争社会で負けない力が身につかない」などの反対意見がありました。意見記入欄に意見を書いてくれた保護者約100人には、全て返事を書きました。
しかし、2022年度末のアンケートでも、賛否の比率は変わりませんでした。教育評価学会など教育専門家の方々からは「子どもの評価に一石を投じた」との好意的な意見が多くありました。

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教職員、学校はどう変わりましたか。

香川小学校ではテストの点数をつけない教員も現れました。点数をつけると、点数だけを見て、どこが間違ったかを見ない。点数がないと、ここを間違えた、どうしてだろうということになります。それにより、授業中に手が上がるようになりました。正解かどうか心配なので手を上げないという子どもがいますが、先生が正解を求めているのではないことを知り、意見を堂々と言うようになりました。プリントを見られたくないから隠すということもなくなりました。数値では表せない意識の変化があり、クラスが活発になりました。教員の意識改革も大きいと思います。通知表の廃止は校長から言われたことではなく、皆で話し合って決めたことです。若い教員が「テストをして通知表を渡したら、仕事が終わったような気になっていました。子どもと向き合う時間が増え、落ち着いていろいろなことができます」と話していました。自作のテストに挑戦する教員、体育や音楽の授業を撮影して保護者と共有する教員もいました。「褒めポイント」があった子どもの保護者に「こんなよいことがあったので、褒めてください」と電話することもしていました。
最も変わったのは運動会です。徒競走が必要かどうかを議論しました。勝ち負けは盛り上がるけれど、体育ではそれを目標にはしていません。クラス対抗の競技で順位を競い合うと、「誰のせいで負けた」ということにもなります。子どもたちに尋ねても、いやだという子どものほうが多かった。2021年は、団体種目か徒競走かの選択でした。1年生だけ徒競走をして、他の学年は団体種目にしました。3年生の全員リレーや4年生の台風の目(数人で1本の長い棒を持って走り、三角コーンを回って戻るリレー競技)では、タイムを計ることにしました。クラス目標を立てて、記録に挑戦します。全クラスが「新記録達成」と万歳します。紅白対抗でなくても盛り上がります。足が遅い子どもの保護者からは、「今までは運動会の後に子どもに声をかけにくかったのですが、今日はがんばったねと言えます。笑顔で晩ご飯を食べられます」と喜んでもらえました。全員が笑顔になれる運動会です。2022年には全学年が徒競走をやめました。1年生は走っている途中に動物に変身するという競技になり、子どもたちの姿に皆が癒されました。

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そうした取り組みの根底にある考えはどんなことでしょうか。

子どもたちが通知表の評価で喜んだり、がっかりしたりするのではなく、「通知表で君の価値が決まるのではない。勉強ができるから良い子、できないから悪い子ではないのだよ」という思いで育てたい。通知表やテストの成績によってできてしまう子どもたちの中の「見えない序列」をなくしたいと思います。
私たちは「みんな違っていい」と言っているのに、通知表ではABCのうちのB評価が多くなる。通知表が人間性全てを表しているかのように受け止められます。多様性、個性を大切にすると言いながら、通知表による評価はそうなっていません。私たちが求めている学習は、テストで点数を取るためではない。主体的に学びに向かう力を大切にしたい。通知表を廃止したことにより、子どもたちが一生懸命やっていることを認め、子どもたちの自己肯定感を高めたいと思っています。教員は、みんなで学んで楽しかったという授業にすることが求められます。
香川小学校では、1年生と6年生を隣のクラスにする試みもしました。6年生が1年生の面倒をみてくれるなど、良い結果につながりました。私はどこの学校でも通知表を廃止すべきだとは思いません。大事なことは、教職員が率直に話し合える職場環境があることで、香川小学校はそれがあったために、こうした取り組みができたと思います。

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教職員組合で書記長、委員長を務めたことで、その後の活動に生きたことはありますか。

教職員の権利や働く環境についての理解が組合活動を通じて得られました。学校の教職員も私の経歴を知っていて、分会長から校長との交渉をどうするかについてアドバイスを求められ、「校長とは対等な立場の交渉者なんだよ」と教えたりしました。

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最後に、教員を目指す学生へのエールをお願いします。

教員はとても魅力的な仕事です。プロとしての自覚を持つことが大切です。教科書通り教えて、テストに〇×をつけて返すのは、誰でもできるかもしれません。子どもたちの一人一人のことをよく考えて、より良き成長を促すのがプロの仕事です。誇りを持てる先生になってほしい。それには努力が必要です。教員には外の世界にあまり出ない人がいます。そうではなく、もっとネットワークを広げなければいけない。私も苦手でしたけれど。ネットワークを広げると、いつか子どもに返っていきます。教員の仕事はブラックと言われますが、今は教員の長時間労働への理解が広がり、それを是正する動きが出てきました。仕事の大変さを超える感動があります。子どもたちの見せてくれる場面は、他では味わえないのではないかと思います。良い先生、好まれる先生になろうとしなくても、子どもたちは必ず素敵な場面をみせてくれます。大切なのは、子どもを信じることです。

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