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インクルーシブ教育の考え方

インクルーシブは「包摂(つつみ込む)」という意味の英語です。インクルーシブ教育は、障害のある子どもも障害のない子どもも、ともに同じ場所で育つという教育理念のことです。欧州でインクルーシブ教育が普及し、日本でも少しずつこの考え方が知られるようになってきました。日本教職員組合中央執行委員で、インクルーシブ教育部長、障害児教育部長の佐伯安彦さんに、インクルーシブ教育の考え方や日本の現状を聞きました。

――インクルーシブ教育とはどんなもので、どうして注目されるようになったのでしょうか。

佐伯 インクルーシブ教育とは、誰も排除せず、障害がある子どもも障害のない子どもも、ともに同じ場所で育つという考え方で、すべての子どもたちが対象になります。1994年にユネスコとスペイン政府の共同会議で出されたサラマンカ宣言が大きなきっかけになりました。サラマンカ宣言は「障害児向けの学校や教員、その研修、プログラムの開発は非効率である。インクルーシブ志向の普通学校は、差別的態度と闘い、友好的な地域社会を作り、インクルーシブな社会を築き、万人のための教育を実現する最も効果的な手段である。このような学校は、大多数の児童に効果的な教育を提供し、教育制度全体の効率を高め、最終的には費用対効果を改善する」としています。2006年、障害者権利条約が国連総会で採択されました。障害者権利条約は「障害を理由とする別扱いは差別」である」「本人の希望に反し、無理に治療の対象としない」「普通教育から排除されない」などの原則を定めています。日本でも批准の動きがありましたが、障害当事者から「私たちのことを、私たち抜きで決めないでほしい」という声が上がりました。当事者が権利の主体であり、社会や政府は「障害者の保護や福祉はこうあるべき」という一方的な「押しつけ」をしていると鋭く批判しました。本人、障害当事者の意向をきちんと確かめてほしいということです。また、批准に先立って国内法の整備を求める動きがありました。日本政府は、この条約を批准するために内閣府に「障がい者制度改革推進本部」を設置し、学校教育法や障害者基本法の改正、障害者差別解消法制定などを進め、2014年に批准しました。

 2011年に改正された障害者基本法の教育に関するエッセンスは次の4点です。

①可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるようにする

②十分な情報提供と可能な限り、本人・保護者の意向を尊重する。

③交流教育をすすめましょう。

④教育内容や方法を改善しましょう。

 

――特別支援教育ではなく、インクルーシブ教育が必要な理由は何でしょうか。

 

佐伯 文科省は特別支援教育=インクルーシブ教育システムとしています。しかし、私たちが言うインクルーシブ教育とインクルーシブ教育システムは違います。特別支援教育やインクルーシブ教育システムは障害を課題とし、それを克服して自立を図るという「医学モデル」でとらえ、特別支援学級・特別支援学校など分離別学制度にしています。2022年9月に国連障害者権利委員会から日本政府に出された総括所見では、「分離別学制度はインクルーシブ教育とは違う」としています。私たちは障害を「医学モデル」でとらえるのではなく、「社会モデル/人権モデル」でとらえることが大切だと考えています。

 

――日本教職員組合はインクルーシブ教育実現のために、どのようなことをしていますか。

佐伯 2017年3月、「インクルーシブのつぼみ~ともに育ちあい、学びあうための10の提言~」を刊行しました。「10の提言」は以下の10項目です。

★みんなですすめよう!ともに学ぶ教育を!

★子どもたちがつながり、支え合うなかまづくりをすすめよう!

★子どもに寄り添い、その子とともに課題に向き合おう!

★障害を「社会モデル」でとらえよう!

★本人・保護者とよく話し合い、教育内容や環境の変更・調整を行おう!

★「誰か」がではなく学校全体でとりくもう

★まず教職員がお互いの姿を認め合う関係づくりを

★地域・保護者とつながろう!

★自分らしく生きるための進路のあり方を、本人・保護者と一緒に考えよう!

★教育行政と障害者権利条約や改正障害者基本法などについて、話し合おう!

提言は分かりやすいと好評でした。各地でこの冊子を活用し学習会などを行っています。

全体の子どもの数が減っている中で特別支援学校、学級の子どもの在籍数は毎年過去最高になっています。なぜ、そうなっているのか。障害のある子どもだけではなく、さまざまな背景を抱えた子どもたちが通常の学級に居づらくなっている現状があると思います。不登校や、自死する子どもの数も過去最高です。国連障害者権利委員会の総括所見では、通常の学級が競争的になっているとしています。安心して過ごせる学校になっていないのではないかという懸念があります。

 

――特別支援学校、学級に在籍する子どもたちはどのように決まるのですか。

 

佐伯 基本的には、本人と保護者の意向を最大限に尊重するとしていますが、最終判断の権限は各自治体、市町村教育委員会が持っています。総括所見では、「本人、保護者が希望したら、拒否できない条項を作りなさい」と勧告されています。昔は分離別学が法律で決まっていました。「特殊教育」の時代です。2013年に就学に関する制度が変わり、本人・保護者の意向を尊重しなさいという文科省の通知「障害のある児童生徒等に対する早期からの一貫した支援について」が出されました。建付けは本人・保護者の意向ということですが、本人・保護者が希望しても、地域の学校に就学できていない事例は全国に多数あります。

 

――現在ある特別支援学校、学級、通級指導教室を今後どうしていくことが必要ですか。

佐伯 まず、通常学級を整備し、すべての子どもたちが安心して通えるようにすることと、本人・保護者が通常学級を希望したら、必ず行けるようにする制度の整備等が必要です。今すぐには無理でも、国連の障害者権利委員会からの総括所見でもふれられた、例えば10年かけて、インクルーシブ教育の方向に向かうための計画を作ることが必要です。諸外国の例を見ると、特別支援学級や特別支援学校がない国もあります。2006年に私たちがノルウェーを視察したときは、法律ができたばかりで、教職員の中には特別支援学校が必要だという人と、インクルーシブだという人が半々でした。現在はほとんどがインクルーシブな学校になっていると聞いています。

 

――インクルーシブ社会を実現するためには、教育だけではなく、さまざまな分野での取り組みが必要ですが、日本教職員組合は他団体との連携などをしていますか。インクルーシブ教育への理解は進んでいますか。

佐伯 認定NPO法人DP日本会議という障害当事者団体や、障害児を普通学校へ・全国連絡会などと連携しています。インクルーシブ教育については、組合の学習会に参加したことがないと、文科省の特別支援教育=インクルーシブ教育システムと、私たちの言うインクルーシブ教育が違うということを理解するのは難しいと思います。

 最近、保護者が特別支援学校、学級を希望するからという声が増えていますが、就学通知が出された時点で、通常学級に行くか、特別支援学校、学級に行くかが決まります。以前はそこがスタートでした。今は「早期発見・早期治療」ということで、厚生労働省の管轄ですが、幼児期の検診で障害があると分かると、リハビリなどの療育を通して、就学に備えましょうということになります。しかし、その段階で「障害があっても、このような合理的配慮で地域の通常の学級に就学出来ます」というアドバイスは得られていないように思います。保護者は障害があっても地域の学校・学級に行けるということを、知らないことが多いです。このことは文科省が2022年に行った調査結果からも明らかになっています。

 インクルーシブ教育をすすめるためには、さまざまなとりくみが必要です。その一つは教員養成課程でインクルーシブ教育を学ぶことです。若い教職員に、特別支援教育を学んだかと尋ねると、ほとんどが学んだと答えます。しかし、インクルーシブ教育を学んだかと聞くと、学んだという教職員はごくわずかです。大学で教えている内容が特別支援教育なので、それが当たり前になっています。インクルーシブ教育を教職養成課程に盛り込んでほしい。現行の学習指導要領にはインクルーシブ教育も「合理的配慮」という考え方も入っていません。これらを入れないと、子どもたちも学ばないということになります。

 

――最後に、現場の教職員や、教職員になることを志望している学生の皆さんへのメッセージをお願いします。

佐伯 2022年の国連障害者権利委員会からの総括所見で日本政府はどのようなことを強く要請されたのか?日本の中にも、「共に生き、共に学ぶ」実践にこだわってきた地域や学校があります。「できる」「できない」で分ける学級や学校ではなく、どうすれば共にできるのかを子どもたちと一緒に考える学級や学校が必要なのではないでしょうか。「共に学ぶ社会は、共に学ぶ学校からスタートする」と、いつも障害当事者の方たちに言われます。

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